[2022年11月16日 更新]
ここ1か月、保護者との面談が続いている。
おおむね35分ほど。「家庭の様子」「進路について親子でどう考えているか」を教えてもらっている。
私からは子どもの「成長した点」を褒めるようにしている。どんな親でも子が褒められるのは嬉しいものだ。
保護者が塾を信用しているのとしていないのとでは、学習成果を出すうえで大きな差がつく。
塾(=塾講師)が親子に信頼されている状態にすること。われわれ塾講師はこれを当たり前に維持しなければならない。
◆親は子に信頼されているか
どんなにいい言葉であっても、言う者が違えば伝わるものも伝わらなくなる。
北の大国の大統領から「他人の意見をじっくり聞く姿勢は大切だよ」と言われて、その通りですね!と思うだろうか。
「お前が言うな」と思われるだけだ。
信頼している人の言葉は聞き入れるし、信頼していない人の言葉は聞き入れない。
これが前提。
では、親の言うことを子が聞き入れないのはなぜか。
1. 正しいことだと思うがやりたくない
2. 正しいことだと思わないのでやりたくない
3. 正しいことだと思うが、この親の言うことはやりたくない
4. 正しいことだと思わないし、この親の言うことはやりたくない
このどれかだろう。
「4」は論外だとしても、「1」と「3」は大きな違いだ。しかも親は子どもが「ヤダ」といった理由が正しく把握できていない。
「3」はどんな時に起こるか。
例えば親が「スマホばっかりいじってないで、そろそろ勉強しなさい」と言いながら、自身がスマホゲームに夢中。
親は、子にスマホばかりいじらせるのではなく本を読ませたいのなら自分が読めばいい。できれば子の前で本を読んでいる姿を日々、見せたらいい。
子の前でスマホゲームをやるなんて、私は恐ろしくてできないよ。スマホにゲームを入れるのすら「もし子に見られたら」と思ったら怖くてできん。
人に信頼されるのは言葉が先ではない。行動、態度を見られるのが先だ。
そういう意味では、親とは窮屈なものだ。
でもね、子のいる潤った生活ができているのなら、そのくらいは平気の平左と思ってもらいたい。
都立に入る! Twitter (X) そのときに必要な情報をこっそりと。ミンナニナイショダヨ
@toritsukoko